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『ブロンド』マリリン・モンローと言う人生

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引用:映画.com

思い立って、映画『ブロンド』を観た。確かTwitterか何かで観なきゃよかったという感想を見たから。天邪鬼ではなく、純粋な怖いもの見たさだ。

観なきゃよかった。

それが見終わった後の感想だ。地獄のような映画だと思った。

人生とは、キャリアとは、愛とは、一体なんだろう。途方もない絶望を受け渡された気持ちになった。

マリリンモンローの人生を映画にした物語は、以前にも見たことがある。それなのに美しく、魅力的で、自由な女性。どうにもそう記憶してしまう。

彼女が見ていたもの感じていたものは誰にもわからないけれど、もし自分だったらと想像する。そこに残るのは絶望なのか、希望か。最早、夢か何かだと思ってしまうかもしれない。

ここから少し内容の話をしようと思う。多少のネタバレがあるので、前情報なしで映画を観たいという方はブラウザバックを進める。

『ブロンド』は幼少期のノーマ(マリリンの本名)の悲劇から始まる。

「彼はあなたの父親よ」

冒頭の母親に父親の写真を見せられるこのシーンは、この物語の元凶と言っても過言ではないだろう。

映画プロデューサーの愛人であった母親に見せられたのは一枚の写真。ノーマはこの会ったことのない父親からの愛を求めて、一つずつ道を踏み外す。

父親は自分の存在すら認めず、母親から殺されかけ、ハリウッドの権力者に嬲られ、そんな不幸の積み重ねが愛する人や自分のことを信じられなくなった。

自分を信じられないと言うのは、すべての不幸の始まりなのではないかと思う。幸せが目の前にあっても、その幸福に自分が相応しいか、分からなくなる。嫌な思考ほどへばりつくものだ。

愛してる。でも、あの人は自分に愛されて幸せ?

大切にしたい。私は最後まで大切にできる?

私今、幸せだ。この幸せはいつまで続く?何が幸せ?

映画中何度も、そんなノーマの揺らぎが見える。

人間は弱く脆い。

他人を自分の中に踏み込ませず、隙間なんてできないように満たす人。

自分を他人でいっぱいにして、寂しさを最大限につぶす人。

ノーマはきっと後者だったんだと思う。後者なのに、彼女は他人を自分の中に入れると異物感が拭えず吐き出した。

長い間その途方もない孤独感と絶望、悲しみ、そんなものと生きていたのだと思うと胸がはち切れそうになる。

彼女はスターだった。後世に名を遺すほどに。願うなら彼女に生まれたいと、口を連ねる人間がどれくらいいるだろう。外側から見た人生は、あまりにも簡略し、美化される。

自分が見ている他人なんて、あくまでそんな物なのだと思う。

彼女の人生は切り取る瞬間で、印象が変わる。『マリリン七日間の恋』という作品も観たことがあるがあの映画の印象は「美しく悲しいロマンチックな恋愛」だった。

数年前だが鑑賞後、こんなにざわついた気持ちになった記憶はない。

これもまた面白い話だなと思う。『ブロンド』は彼女の悲しみにフォーカスした映画だ。だからこそ、感じることもある。私はこの映画のおかげで美しい彼女を初めて憐れむことができた。

色々な角度から、華やかな人間の人生を追うのはフィクションでも興味深い。

今はもう長い眠りの中へ旅立った彼女に、唯一私が出来るはなむけはこうして貴方の人生を哀れみ、慈しみ、愛おしむことだけだ。

次にマリリン、基、ノーマの人生を覗かせてもらえるなら、彼女の人生で特別だと思える瞬間がもっと見られれば…などと思うのは、私のエゴイズムだろうか。

彼女はマリリンモンローと言う人生をベストな形で生き抜いたのだから、この悲劇すべてが誰よりも格好良い人の生き方だと言うべきかもしれない。

落ち込んでいるときは気が滅入るような内容だが、思考をフル回転させたいときには向いている作品だと思う。

ネットフリックス限定ですが、気になる方はぜひ。

それでは。